ビット・プレイヤー

ビット・プレイヤー自体は好きな短編集なのですが、なぜか不気味の谷だけ内容が記憶から抜け落ちているので他の短編メインで紹介していきます(つまらない短編があった記憶はないので多分面白いと思います)。 一つ目の短編、七色覚は人工網膜を埋め込んだ少年の成長物語です。目の病気の治療のため、センサー部分に印加する電圧を変えることで反応する波長を変えられる人工網膜を埋め込んだ少年でしたが、本来人間に合わせて3原色にしか反応しないようかけられているロックを外すことで7つの原色に反応する全く新しい視覚を手に入れます。人間の資格をしのぐ情報を手に入れた彼は同じように網膜を埋め込んだ人々とコミュニティーを築きながらその力で生活していくすべを見つけていきますが、そのセンサーを使って情報を得るのに目に埋め込む必要はなく、携帯端末に標準機能として搭載されるようになり、彼らの力は特別なものではなくなっていきます。 技術によって力を得たサイボーグである主人公たちですが、その特権はやがて技術が安価になり世界中に普及していくにつれ失われていきます。それでも生きていく姿は力強いものですし、彼らの見るあたららしい視覚の描写も小説ならではで素晴らしいです。 表題作、「ビット・プレイヤー」はゲーム世界に転生する日本人ならたぶんおなじみな設定ですが、残念ながら魔法の一つも出てきません。重力が横向きに働くという雑な設定で作られたMMOらしき世界に自動生成NPCとして作られてしまった主人公は過疎ってほとんど人も来ないマップで世界の仕組みを知って利用するべく様々な実験や工作を始めます。異世界転生ものほとんど読まないのでその辺の軸での評価はできませんが結構好きな短編です。 「鍔乗り」「孤児惑星」はいずれ紹介する予定の長編「白熱光」と世界設定を共有する短編・中編です。特に「鍔乗り」の登場人物は「白熱光」にも名前だけ登場しますが、こちらを先に読んでも問題ありません。むしろこちらを先に読んだほうが白熱光の世界を理解しやすくなるかもしれません。 これらの世界ははるかな未来、銀河にあまねく広がるネットワーク世界「融合世界(アマルガム)」が舞台です。主人公はデータ化した人類の末裔。「鍔乗り」では結婚生活1万309年目の夫婦がそろそろ人生を終わりにする最後の冒険として、融合世界からの呼びかけに一切答えなかった銀河中心部の世界、「孤高世界」へ向かいます。 「孤児惑星」は「鍔乗り」「白熱光」からさらに進んだ未来。10億年近く銀河を放浪している孤児惑星タルーラですが、地中からは核分裂とも核融合とも違う未知のエネルギー反応が検出されていました。太陽もないのにどうやってエネルギーを維持しているのか、ついに融合世界と接触可能な軌道をとる瞬間が計算され、調査隊が派遣されます。そして彼らはタルーラに住む原住民との接触を果たすのでした。 どちらの話もSFらしい冒険ストーリーに徹底的にディテールを加えたイーガンらしい作品です。 ほかにも難民問題を扱った「失われた大陸」なども盛り込まれています。イーガンは科学と物語を組み合わせるSFの一つの極致といえる作家だと思っていますが、この短編集はイーガンの成果をとても分かりやすく面白い形で読むことができる短編集なのでぜひ読んでみてください。 www.hayakawa-online.co.jp