歴史改変SF パヴァーヌ

キース・ロバーツ著の小説、「パヴァーヌ」を読んだ。

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パヴァーヌとは16世紀ヨーロッパの行列舞踏のことらしい。

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16世紀にエリザベス女王が暗殺されスペイン無敵艦隊によってイギリス、欧州全土がローマ法王支配下にはいる。 教会の下、科学の発達は抑圧され産業革命の起きないまま20世紀を迎える。 そんな世界で蒸気機関車(ロードトレインと呼ばれる道路上で貨物車を連結し走らせるもののようだ)を使う運送業者、国中に張り巡らされた腕木通信網の通信手、女城主などが不条理に巻き込まれ、彼らの決断がつながってやがて反乱の火の手が上がっていく。

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この物語の特徴はやはり時代設定だろう。16世紀の終わりから数百年にわたって文明が停滞した20世紀、それは本来の歴史を知る読者にとってはある面では封建的であり、ある面では牧歌的に感じられる。 閉ざされたもう一つのヨーロッパでは法王庁が重税を課し、科学の発展を抑圧している。内燃機関は容量が規制され、石油にも重税が課されており、翼車と呼ばれる帆と内燃機関を組み合わせた車と貨物用蒸気機関車しか存在しない。 作品の最後においてついに法王庁に対する反乱が始まるが、そこで使われるのは弩にわずか数門の大砲、マスケット銃などだ。 住人たちにとってこの世界はディストピアだが、もう一つの歴史を知っていれば違う視点が生まれる。 20世紀に至っても内燃機関は使えず、人々は生まれた場所にとどまって暮らすしかない。民主主義は生まれず、教皇庁がすべてを決定している。 しかしこの世界では2度の大戦も起きず、全体主義も生まれず、強制収容所が作られることもなかった。 そして物語の終わり、教皇庁が倒れ長い年月が経ち、原子力発電所すら作られるようになった時代において、教会は急速な進歩を押しとどめる役目を持っていたこと、かつて世界は急速な進歩の果てに滅んだことが断片的に語られる。 進歩を推し進めれば身の丈に合わない力をふるうこととなり、抑制すれば旧来の支配は温存される。そして進歩を押しとどめようとしても内燃機関は生まれるし、腕木通信のギルドは秘密裏に無線通信技術の開発を進める。 一方で各短編のディテールが壮大な歴史絵巻とその中で生きる個々人を接続していく。 運転手の物語では美しい蒸気機関車「レディ・マーガレット」の操縦方法が綿密なディテールで描かれ、未発達な交通網の中を野盗におびえてはしるもう一つの20世紀をたっぷりと味わうことになる。 そして通信ギルドに入った青年は真冬の通信塔に配属され悲劇に見舞われる。 古ぼけた漁村に時折訪れる白い船だけを楽しみにする少女、絵を描くことを楽しみにする修道士など、様々な視点によってもう一つの欧州が厚みを持って立ち上がってくる。 進歩の功罪を問うSFとして、もう一つの歴史を懸命に生きる人々の群像劇として、素晴らしい出来栄えの作品だった。