旋舞の千年都市

1Qのレポートなんかも大体落ち着いてきたころだと思いますので今回は僕が特に気に入っているSF,「旋舞の千年都市」の紹介をしたいと思います。 舞台は2027年、念願のEU加盟を果たしナノテク産業と天然ガスに沸くイスタンブール。そして自爆した本人以外誰も犠牲者がいない奇妙な自爆テロから物語は始まります。自爆テロに遭遇した後から空想上の存在「ジン」(日本で言えば精霊のようなもの)が見えるようになった青年、持病を抱えながらも優れた頭脳でロボットを操る好奇心に満ちた少年、世捨て人になった老経済学者、巨大企業に詐欺を仕掛け一儲けたくらむ男、「蜜人」というミイラ探しに人生をかけるその妻、ナノテク企業の営業として一旗揚げようとする若き女性トレーダー、彼ら6人がそれぞれかすかに交わりながら複雑に絡み合う陰謀に巻き込まれ、積極的に飛び込み、己が目的の達成を目指します。 最初のうちは彼らは全く別々の目的のために動き、お互いに接点があるのは夫婦の二人と近所に住んで交流のある老経済学者と少年くらいで、全く異なる話が続くので分かりにくいかもしれませんが、やがて彼らはそれぞれの方法で自爆テロの真相と計画の全貌へと迫っていきます。 この物語ではイスタンブールという現実に存在する都市の架空の未来を圧倒的な描写で描き出します。ローマ帝国からオスマン帝国トルコ共和国へと変貌しながらも発展をつづける長い歴史を持つ街ですが、まず始めに上の階に行くごとに新しくなっていき、それぞれの時代を表す建物の描写から始まり、バザールが開かれていた場所で商談に走り回るベンチャー企業やそれぞれの目的の果てに何人かがたどり着く地下貯水池など、物語の端々で歴史と革新が同居し過去と未来が入り混じるさまを幻想的に描き出します。伝説上のミイラ蜜人を探し求める妻と、最先端の天然ガス取引市場で詐欺をたくらむ夫、テロによってジンが見えるようになって宗教に目覚める青年、ナノテク市場でビジネスマンとして名前を売る一方で大昔から続く家宝を探す女性など、主人公たちもそれぞれイスタンブールの過去と未来に密接に絡み合った背景を持ちます。そしてそれらの描写が科学と魔術が混ざり合って新たな宗教となり、そして壮大なテロを生み出す終盤のアイデアへの説得力となっていきます。 都市だけでなく各主人公たちの過去や追い求める伝承、最先端のテクノロジーに至るまで緻密な描写から手が抜かれることはありません。ミイラの全身を蜜に浸すことで作られる万能薬、蜜人を作る過程を克明な物語として描き、一方では人間の細胞自体に計算機能を持たせる新技術を売り込むさまも詳述します。好奇心にあふれた少年が駆使する改造玩具ロボットや途中で出会う歩容認証付き警備ドローン、EMP武器、分子マーカーの付けられたペイントボールなどなど細部のガジェットもよく練られている上に何の違和感もなく歴史ある街になじんでいます。 この話は新旧入り混じる街や科学と魔術が混ざり合った奇妙な概念、一方で現実と地続きになり確かな存在感を感じる雰囲気、それらすべてを納得させる熱量を持った描写、話の形式が群像劇でこの都市と陰謀をあらゆる角度から眺められる、など僕の好みの描写が詰まっている本です。海外旅行が難しくなっているご時世ですし、古今東西の文明が衝突し混ざり合うイスタンブールで繰り広げられる5日間の物語を是非楽しんでみてください。 www.tsogen.co.jp www.webmysteries.jp