ハロー・ワールド

今回は藤井太洋のSF連作短編集、「ハロー・ワールド」を紹介したいと思います。同名アニメ映画とは関係ないです。 著者の藤井太洋は元システムエンジニア東日本大震災原発事故の時、メディアやネットで科学が不安をあおるツールとして使われたことに反発して自費出版で小説を書き始め、kindleで販売したところ口コミで広まり、ランキング1位を獲得し本格的にデビューした、という経歴の持ち主です。このような経歴でデビューしたため、描かれる物語の考証は徹底的に行っています。 今作、「ハロー・ワールド」は自身のシステムエンジニアとしての経験を生かした物語になっています。主人公は何でも屋のような業務をこなすしがないエンジニア、文椎。彼は偶然知り合った仲間たちとともに広告ブロッカーを開発し、販売してみます。当然大して性能もよくないので売れ行きは芳しくないのですが、なぜかインドネシアで突然爆発的なヒットを飛ばします。その謎を追ううちに、思いもよらない真実にたどり着きます。これが第一の短編、ハロー・ワールドのあらすじです。おそらく著者本人の経験が多分に含まれているであろう主人公の労働環境はリアルでその業界に行こうと思っている人には参考になるかもしれません。そして彼や仲間たちが真実にたどり着いたのち、どう対処するかに対してそれぞれの正義がぶつかり合うところもまた見どころです。 その後会社の売るドローンを営業しにアメリカに行った先で出会うドローンの奇妙な行動とアメリカの実情をほんの少し描いた「行き先は特異点」、東南アジアで大規模デモに巻き込まれ、いくつかの勢力とのはざまで揺れる「五色革命」などなど、テクノロジーと今の世界の交わりを切り取った計5つの短編が収録されています。 彼の作風の良さはテクノロジーと人類への信頼で成り立っているところでしょうか。多分最近見るSF系の映画やらドラマやらはたいていディストピアとして描かれ、テクノロジーの発展に警鐘を鳴らすものが多いと思います。もちろん新しいテクノロジーには危険がつきものですし、それを解決していくことは必要ですが、過度な恐れもまた危険です。 この作品にとどまらず、藤井太洋のSF群は経験や取材に裏打ちされた緻密な考証と未来への無責任ではない希望と信頼にあふれた作品ばかりです。少し未来を切り取った物語群をぜひ読んでみてください。 https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89-%E8%97%A4%E4%BA%95-%E5%A4%AA%E6%B4%8B/dp/4065133084www.amazon.co.jp