fidocpbhmの日記

SFや科学技術が好きな存在。本紹介などをメインにしていきます

黄衣の王 感想

「SIGNALIS」というSFホラーゲームをプレイし、「黄衣の王」がクトゥルフ神話の架空の産物ではなくクトゥルフ神話誕生以前から存在する短編集だと初めて知った。

playism.com

ja.wikipedia.org

もともとはロバート・W・チェンバースという作家の書いた短編集、およびこの短編集に出てくる発禁とされた戯曲、「黄衣の王」が存在し、これを読んだラヴクラフトクトゥルフ神話に取り込んだものらしい。 そんなわけでペーパーバック版の黄衣の王を購入してみた。

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実際の短編集には全10編が収録されているが、今販売されているものは黄衣の王が関係する4編のみが収録されている。 収録されているのは「名誉修繕人」「仮面」「ドラゴン小路にて」「黄の印」。 出版後世界各地で読んだものが精神に異常をきたし、政府や教会などから発禁処分とされた戯曲「黄衣の王」を読んでしまった者たちの末路が描かれる。 「名誉修繕人」は1920年から公営永眠所が運営されているワシントンが舞台。武具屋の上で「名誉修繕業」という奇妙な業務を営むワイルド氏と彼に入れ込むカステインは、二人して奇妙な計画を進めていた。そのためにはカステインの兄にある条件をのんでもらう必要があったのだが?舞台設定、主観視点、どこから狂っているのかわからない登場人物たち、と筋書きが読める一方で薄気味悪さが常に付きまとう。 「仮面」は漬けた生物を大理石に変えてしまう奇妙な液体を発見した芸術家たちの恋愛・友情物語。一見するとハッピーエンドのように終わるのだが、考えてみると後味が悪い。 「ドラゴン小路にて」は黄衣の王を読んでしまった人物が救いを求め教会へと行くものの、そこで奏でられるオルガンの響きに邪悪な意図を見い出してしまう。 「黄の印」では若い画家と彼のモデルが仲睦まじく仕事をしている傍ら、薄気味悪い男が町の教会で守衛をしていると評判になっていた。 前半2編、特に「名誉修繕人」は文章全体から漂ういびつさが秀逸で、後半2編もただ関わってしまっただけで自身にはどうしようもない邪悪に翻弄される不条理さに今日のコズミックホラーの原点を感じることが出来た。

ラヴクラフトに影響を与えたというのも理解できる作品群であり、むしろ明確な設定が付与されてしまう前の根源的な恐怖を味わえるものだった。

ところでwikipediaによると黄衣の王に本来収録されているはずの残り6編は怪談風の作品が3編、恋愛小説がもう3編らしい。 「黄の印」は半分ほどが画家とモデルの恋愛小説なのだがこれはこれで面白かったので、ぜひ全編通して訳してはもらえないものだろうか。 ぜいたくを言えば初版本の表紙で。