大日本帝国の銀河

今回紹介するのは「大日本帝国の銀河」です。 前回一月に第一巻を紹介しましたが、第二巻が発売されました。今後も三ヶ月ペースで刊行される予定です。 さて、一巻二巻まとめてあらすじを紹介しますと、日中戦争、太平洋戦争の時代を舞台にした歴史改変、ファーストコンタクトもののSF小説です。 第一巻の始まりは満州での日食の観測時、オリオン座の方向から指向性の高い電波が検出されるとこりから始まります。それから何年か経った昭和15年天文学者の秋津は和歌山に電波兵器の研究という名目で電波天文台を建設していました。 そんな中、秋津の中学時代の同級生で海軍軍人の武園が現れ、彼に火星太郎を名乗る不審な人物と彼の乗ってきた未知の大型四発機を見せます。 そして未知の大型四発機はイギリスとドイツが会敵した海にも出現し、両国の軍艦を瞬く間に撃沈してのけ、混迷の中にある世界情勢の中、地球人や宇宙人の思惑が交錯していきます。 第二巻では異星人の目的が不明なまま、彼らの強大な技術力が次第に明らかになっていきます。人工衛星に始まり、軌道上と大気圏を行き来する往還機など、現代であっても不可能な技術も出現し、地球人はまずその概念を理解する所から始めなければなりません。 一方地球でもドイツ内部ではソ連との開戦を避けるべく一部勢力が動き出し、日本国内でも総力戦に備えた政治体制の確立を目指す人々が現れます。さらに異星人の技術をもとにしたとある発明品が完成することになります。 さて、このシリーズの作者である林譲治は前作星系出雲の兵站でも政治劇とファーストコンタクトを絡めた見事なSFを描きましたが、今作でもその腕は健在で、もともと仮想戦記の作家であることもあり、政治や社会の描写はかなり真に迫っています。日本軍の意思決定や兵站についての研究書も何冊か出版している人物でもあり、作中の大日本帝国の政治システムに関する描写などそこだけでも面白い位です。また星系出雲の兵站ではコミュニケーションの取れない相手との戦争でしたが、今回はコミュニケーションは取れるけれども何処かチグハグで、相手の目的が読めません。地球人は地球人でまず宇宙人という概念の理解から始めなければいけません。 SF映画で宇宙人が攻めてくるとき、いくらでも宇宙にある資源を何故わざわざ地球に取りにくるのか、人間より遥かに使いやすいロボットを作れるのになぜ地球の支配を目論むのか、不思議に思うことも多いですが、このシリーズではそれらの疑問にもしっかりと触れられます(真の彼らの目論みは未だ不明ですが)。 それだけでも十分魅力的な題材ですが、さらに異星人の干渉による歴史の変化、どうしようもない武力の差の前に人類はどうするのか、その前に第二次世界大戦真っ最中の世界はこの脅威の前に団結することはできるのかなど、幾つもの事態が同時進行していくため全く先の読めないストーリーが展開されていきます。 今なら東工大の生協で10%オフで購入できますし、一冊はそこまで分厚くない文庫本です。ハリウッド的な宇宙戦争に飽き飽きしている人、第二次世界大戦や旧日本軍に興味のある人、仮想戦記や歴史改変ものが好きな人など、様々な人が楽しめる魅力に詰まった作品ですのでよろしくお願いします。

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ペルディート・ストリート・ステーション

特集を完結させないままなあなあで終わるのもよくないので今回「ペルディート・ストリート・ステーション」を紹介してスチームパンク特集を終わりにしようと思います。 さて、ペルディート・ストリート・ステーションは僕がスチームパンクの中で一番紹介したかった一作になります。 物語の舞台は「バス=ラグ」と呼ばれる蒸気機関と魔術学が隆盛を極める世界の最大勢力、都市国家ニュー・クロブゾン。都市に住む知的生命は人間だけではなく、翼と鳥の頭を持つ鳥人や人型の両生類、頭が昆虫の人間や植物人間など、様々な種族がひしめき合って暮らしています。 物語の主人公は大学を追放された科学者アイザック。彼は追放された後も独自の統一理論の研究を続けていますが、そんな彼のもとにヤガレグという鳥人が訪れます。彼はアイザックに罰によって奪われた翼の代わりとなる機械を開発してほしい、と依頼します。依頼を承諾したアイザックは研究に着手しますが、入手したサンプルにはとんでもないものが含まれていました… さて、この作家の長編としては以前「クラーケン」を紹介しました。「クラーケン」では実在のロンドンを舞台に、混沌とした物語が繰り広げられますが、今回は物語の舞台から架空の世界であり、さらに混沌とした物語が繰り広げられます。 この作品の第一の魅力は何といっても物語の舞台となる都市国家ニュー・クロブゾンでしょう。腐敗した横暴な権力がはびこり、公害が垂れ流されるこの街にはそれでも猥雑で活気にあふれた魅力があります。 そしてその街にひしめく数多の知的種族とガジェットも魅力でしょう。主人公の恋人は頭が昆虫の昆虫人ですし、物語の途中では植物人間のコミュニティや人型でない知的生物も登場します。時空を自在に織り上げる特殊能力を持った巨大な蜘蛛は作中のあちこちで登場し強烈なインパクトを残します。他にも地獄の大使館、とある秘密を抱えたロボットなど奇怪で魅力的なものが多数登場します。 最後の魅力として先の一切読めないストーリーがあるでしょう。アイザックが手に入れた奇妙な幼虫がやがて夢を食らうスレイク・モスとなり、都市に大災害を引き起します。そしてスレイク・モスをめぐってあらゆる勢力が動き出すことになりますが、どの勢力も癖が強く、どこが裏切り次にどう行動するのか全く予見できません。 個人的にスチームパンクとはその世界をいかに魅力的に、精緻に作りこめるか、というところだと思っているのですが、この作品ではスチームパンクの薄汚れているとともに魅力にあふれている世界を完璧に作り上げ、そのうえで重厚で先の読めない物語を展開するという僕の理想のスチームパンクを体現してくれたような作品となっています。 極めて残念な話として、2010年のSFが読みたい!という賞で海外編1位にもなり文庫化もされたのに続編がいまだ翻訳されず(全3巻で完結してるそうです)、文庫版も単行本版も電子化されていないうえに絶版という散々な状態なのです。 単行本版で660ページ近くある作品ですが、個人的にはスチームパンクの傑作だと思っていますのでぜひ読んでいただきたいです。

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追記 現在文庫の電子版が出ているのでいつでも読めます

黒博物館 スプリンガルド

スチームパンク特集第6回は趣向を変えて漫画「黒博物館 スプリンガルド」を紹介しようと思います。 第2回で紹介した大英帝国蒸気奇譚でも出てきたバネ足ジャックを中心としたサスペンスです。 バネ足ジャックはロンドンでかつて実際に話題になった実在の怪人で、有名な切り裂きジャックの数十年前に現れた人物です。突然現れ火を噴きかけたりナイフで刺して逃げる、と言われたり、追跡した警官が数メートルある壁を飛び越えるのを目撃した、といった証言が残されていますが、実際に殺人を犯した切り裂きジャックとは異なり、バネ足ジャックが人を驚かす以上のことをした、という記録はなく、実在したのかも定かではありません。 とはいえそこそこ有名な都市伝説です。 さて、本書ではバネ足ジャックが出現したのは1837年、突然夜道で女性の前に現れかぎづめで脅して去っていく怪人バネ足ジャックについて警察も捜査を始めます。捜査主任のジェイムズ・ロッケンフィールドは有力侯爵ウォルターに目を付け逮捕寸前まで追い詰めますが、突然犯行が止まってしまい逮捕できずにいました。 それから3年、再び現れたバネ足ジャックはただ女性を脅すだけでは終わらず、殺人に及ぶようになります。 漫画自体は1巻で完結する短い作品ですが、刑事ジェイムズや対する侯爵ウォルターなどなかなか癖の強いキャラたちが織り成す物語が1巻に凝縮されており、過不足のない構成によってまとめられているので1巻で必要十分だと言えます。 社会自体が変わっているわけではないのでスチームパンクと呼べるかは(僕の内部基準では)微妙なラインですが、漫画として純粋に面白いです。 1巻の中にミステリ、スチームパンク、猟奇ホラーと様々な要素が詰め込まれながらも見事にまとまっている作品です。 直接的な関連はない第2巻と続編が収録された「黒博物館 ゴーストアンドレディ(上下巻)」も発売されていますので、ぜひどうぞ。 https://www.amazon.co.jp/dp/B00AIKXRAW/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

スチームオペラ

一日空いてしまいましたが第5回はミステリとスチームパンクを掛け合わせた一編、「スチームオペラ」を紹介しようと思います。 蒸気機関が発達した世界、エーテルが実在しそれを利用した空中船が空を飛ぶ巨大都市、そこではエマという少女が高名な冒険家である父の船を迎えるため空中船発着場に向かっていました。 船に入ったエマはガラスの箱の中に閉じ込められた少年を発見し、彼を解放指定しまいます。そして彼女は名探偵ムーリエとともにこの巨大都市で起こる様々な不可能犯罪を解決することになります。 さて、ミステリとスチームパンクを掛け合わせた本作はミステリとしてみると(ミステリあまり詳しくないのですが)スチームパンク世界特有の制約がトリックを解くカギになっていたりするなど完成度が高く楽しめます。 スチームパンクとしてもジューヌ・ベルヌの作品に出てくる様々な発明が登場したりするなど、あちこちに楽しめる小ネタが仕込まれています。 ストーリー自体も王道を行ってわかりやすいため割と気楽にサクッと読める一作になっています。 まあ個人的にはスチームパンクは混沌とした世界であってくれると好みというか、完全な理想世界を描いてそれと別のものを対比するような構造があまり好きではないのですが(詳しくはネタバレのため控えますが)。 まあ、読みやすくきれいにまとまっているので読んで損をする作品ではないです。 www.tsogen.co.jp

リヴァイアサン:クジラと蒸気機関

第4回は「リヴァイアサン:クジラと蒸気機関」から始まる三部作を紹介しようと思います。 遺伝子操作された生物を産業の基盤とするイギリスやフランスを中心とした「ダ―ウィニスト」、蒸気機関ディーゼル機関を駆使するドイツがメインの「クランカー」の二つの派閥に分かれた1914年のヨーロッパでオーストリア大公夫妻の暗殺事件が起こります。両親を暗殺された公子アレックは自身も何者かに命を狙われ、数少ない臣下と二足歩行ロボットに乗り込み宮殿を脱出します。 一方のロンドン、空にあこがれる少女デリンは男装して英国海軍航空隊に志願、どうにか合格し大英帝国の誇る巨大飛行獣、リヴァイアサンの乗組員に任命されます。 リヴァイアサンダーウィンの親戚で著名な遺伝子学者であるノラ・バーロウ博士を乗せ、親ドイツ化がすすむオスマン帝国の皇帝を説得するよう命を受けます。 しかしリヴァイアサンは攻撃を受けアレックの避難した雪山の隠れ家の付近に墜落、彼らは運命的な出会いを果たすことになります。 さて、ここまで紹介したとおり、王道のボーイ・ミーツ・ガールのストーリーが展開されます。王道の物語というのはやはり読んでいて安心感がありますし、細かい設定や描写もしっかりとしており、主人公たち以外のキャラクターも立っていて、全体的にとても読みやすく面白い作品に仕上がっています。 最初に説明したとおり、改造生物を駆使するイギリス側と機械技術を駆使するドイツ側に分かれているのでスチームパンク色は薄いと言えば薄いのですが、改造生物たちも、第1巻のタイトルになっているクジラを改造し巨大飛行船のような構造になっているリヴァイアサン、伝言を伝えるトカゲ、鉄並みの強度を持たせた木なかなか面白いですし、機械技術が駆使された都市なども途中で出てきます。 他にもおすすめのポイントとして、巨大飛行獣リヴァイアサンを使って世界をめぐる物語になっていることです。改造生物たちの闊歩するロンドンから機械技術が駆使され歩行機械があるきまわるイスタンブール、機械技術と改造生物が共存する東京、世界最大の機械都市ニューヨークなど、様々な特色を持った都市を旅してまわるので全く飽きません。また旅の途中もしっかりと描写され、飛行船で旅をするワクワク感を存分に味わうことができます。 日本は開国の時機械技術と改造生物技術が同時に流入したという設定のため、途中で訪れる都市の中でもひときわ異彩を放っていて面白いです。また日本軍が使う河童という名前の付いた改造生物兵器がなかなかえげつなくて気に入っています。 それだけでなく、本のあちこちに挿絵が描かれており、奇怪な改造生物やロマンあふれる機械たちを美麗なイラストで見ることもできます。 全三巻、王道ボーイ・ミーツ・ガールに緻密な設定と確かな描写が組み合わさったとても出来のいい作品ですので是非読んでみてください。

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屍者の帝国

第3回は伊藤計劃円城塔の共作、「屍者の帝国」を紹介したいと思います。 ヴィクター・フランケンシュタインによる死者蘇生技術が一般化し、死者が一般艇な労働力として使われるようになった時代、ロンドン大学医学生ジョン・ワトソンは政府の諜報機関「ウォルシンガム機関」から諜報員に任命されます。 そしてワトソンと彼に与えられた記録用屍者フライデー、冒険家バーナビー大尉とともにヴィクター・フランケンシュタインの残した「意志を持った屍者」を作り出す方法の記された「ヴィクターの手記」を探す旅が始まります。 本来伊藤計劃が3番目の長編として執筆していましたが、プロローグを書いた段階で亡くなってしまったため、友人であった円城塔が遺稿を引き継ぎ完成させたものが本書になります。 伊藤計劃は映画やゲームに大きく影響を受け、映像的で読みやすい描写をする作家だったのですが、逆に円城塔は以前紹介したように小説でしかできないような表現を多用し悪く言えば読みづらい作家ですので、プロローグが終わると割と読みにくくなってしまうのですが、死体が当たり前のように動き回り、巨大解析機関や海底ケーブルによる高速通信が大々的に行われている(まあ現実でも1850年代に大西洋横断電信線は開通しているのですが)世界でヴィクターの手記を追いながら世界を旅する魅力的な一作になっています。 終盤では潜水艦ノーチラス号やロンドン塔に作られた巨大解析機関なども登場します。 この作品は映画化されており、貴重なスチームパンクのアニメ映画となっています。原作からだいぶストーリーは変わっているのですが、こちらはこちらで十分面白いのとやはり映像で動く機械や労働力として働く死者が見れるというのは大きいです。 www.kawade.co.jp project-itoh.com

大英帝国蒸気奇譚

第2回はスチームパンクとタイムトラベル、パラレルワールドを組み合わせたSFシリーズ、「大英帝国蒸気奇譚」を紹介したいと思います。 この小説は「バネ足ジャックと時空の罠」「ねじまき男と機械の心」「月の山脈と世界の終わり」の三部、すべて上下巻に分かれているので計6巻で構成されています。 3部を通して主人公は実在した冒険家、リチャード・バートンです。第一部、バネ足ジャックと時空の罠はバートンが史実の通り、ナイル川の源流を探す冒険から帰還したところから始まります。とはいえ史実とはだいぶ異なる歴史を歩んでおり、1840年ヴィクトリア女王暗殺が成功したためヴィクトリア朝は始まらず、ロンドンでは蒸気機関と改造生物が闊歩しています。 そんなロンドンに帰還したバートンはなぜかロンドンにはびこる様々な問題を解決するための密偵に任命され、ロンドン各地に出没するという人狼の謎を解明するよう命じられます。 早速調査を始めた矢先、彼を敵視する謎の人物、「バネ足ジャック」が襲い掛かります。 第一作ではバネ足ジャックとマッドサイエンティストの陰謀を軸に物語が繰り広げられますが、第2部、第3部ではますますスケールが広がり最終的にはオーバーテクノロジーの兵器がいくつも投入された英独戦争がはじまります。 さて、スチームパンクと言えば蒸気機関を駆使した様々なガジェットですが、本作では蒸気機関ともに改造生物の技術も発達しており、巨大化させた馬など様々な用途に応じて特定の生物が生み出されています。そして第2部、第3部では巨大化させた昆虫の中身をくりぬいて蒸気機関を入れた乗り物なども登場してきます。個人的に気に入っているのは主人公が途中で使用する毒針を発射する改造サボテンの銃、最終巻でドイツが使用する中が要塞になっている巨大なボールです。他にも面白い機械、改造生物が出てくるのでそれを見ているだけでも楽しめます。 SFとしてみても、タイムトラベルや歴史改変、並行世界など様々な要素が盛り込まれた作品で、ロンドンを舞台とした陰謀劇が繰り広げられる1部と2部、バートンが冒険家として再びアフリカを冒険する3部など、物語のバリエーションが多く、ボリュームがあっても飽きることはありません。

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