楽園残響

今回は「楽園追放」の公式続編小説「楽園残響」を紹介します。本編の映画を見た後に是非読んでみてください。 とはいえこれは続編であり、物語のあらすじを語った時点で映画のネタバレになってしまいます。 そんなわけでネタバレをさけつつ興味を持ってもらうためにこの小説は有名SFからのパロディを多分に含んでいるので、元ネタのSFをざっくり紹介したいと思います。僕がわかって記憶している分しか書いていないので、多分他にもいろいろあると思います。 まずは巡洋艦サラマンダー、谷甲州という作家の有名SFシリーズ、「航空宇宙軍史」に登場する宇宙巡洋艦です。地球を主体とした航空宇宙軍と木星土星が主力となる外惑星連合軍の2度にわたる衝突を描いたシリーズで、巡洋艦サラマンダーは技術力、国力において航空宇宙軍に劣る外惑星連合軍が唯一就役させることのできた正規の軍艦で、外惑星連合軍の命運を託されます。航空宇宙軍史は日本のハードSFの中でも極めて評価の高いシリーズで、ぜひ紹介したいのですが新装版を買い集めるのがなかなか進まないので紹介できていません。 次に出てくるのが「キモノ」と呼ばれる強化外骨格で、これは「機龍警察」というロボットものと警察ものをまぜたSFシリーズに登場します。近未来、戦争用に発明された強化外骨格がテロ組織にも流出、既存の警察の装備では太刀打ちできなくなった警察は強化外骨格犯罪専門の部署を設立します。この強化外骨格の警察での隠語が「キモノ」になっています。テレビで警察ドラマを見たことのある人なら警護の対象をマルタイとかと呼んでいるシーンを見たことがあるかもしれませんがあんな感じです。僕も第一作しか読めていませんが今年に入ってからも新作が出版されている人気シリーズですのでぜひ読んでみてください。 後は[You have control]というセリフができますが、本来は飛行機でパイロットが操縦を交代する際に言う言葉ですがセリフの状況を考えると「戦闘妖精 雪風」のオマージュだと思われます。これも日本SFの傑作と言われる作品で、ジャムと呼ばれる謎の生命と戦闘を繰り広げる戦闘機パイロットと彼の愛機搭載戦闘機雪風を描いた作品です。アニメ化もされていますがこちらは見てないんですよね。このセリフが出てくるのは「戦闘妖精雪風」の続編、「アンブロークンアロー」です。現在最新作がSFマガジンで連載中だったはずで、僕は単行本が出るのを待っています。第1作が出たのは40年近く前ですが、機械と人間の関係性を描くシリーズとして今なお最高峰の出来栄えを誇ります。 さて、今思い出せる分はこのくらいですかね。どのシリーズも楽園追放本編も、楽園残響もとても面白いSFですので興味を持ったものから読んでみてもらえると嬉しいです。 またこれは僕も読んでいないのですが、映画のノベライズ「楽園追放」、前日譚「楽園追放 mission0」も出版されていますので興味のある方はぜひこちらもどうぞ。 www.hayakawa-online.co.jp

遥かなる星

今回は未完の歴史改変宇宙開発SF,「遥かなる星」全三巻を紹介しようと思います。 作者である佐藤大輔は仮想戦記作家として有名な人物ですが、シリーズものを途中まで書いて投げ出す悪癖で知られており、残念ながら本シリーズも3巻までで中断しています。また2017年に本人が亡くなっているため、永遠に中断したまま、ということになります。 とはいえ3巻まででも十分に楽しめます(まあいいところで終わるので続きが一生気になりますけどね) 「遥かなる星」はキューバ危機から第3次大戦がはじまり、アメリカ合衆国が滅亡した世界で日本が宇宙開発を目指す物語です。1巻が第3次大戦による滅亡までの物語、2巻3巻が奇跡的に核兵器から逃れた日本がいずれ起きるであろう第4次世界大戦から逃れるため宇宙を目指す物語となります。 一般に宇宙開発と主な動機として描かれるのは開拓や新たな世界へのロマンといったポジティブな感情ですが、この物語で宇宙開発を推し進めるのは今度こそ世界すべてが滅ぶであろう第4次世界大戦から逃れるため、宇宙に住処を作る、という極めてネガティブな理由です。 しかしそんな世界であっても人々はロケットや宇宙に自らの夢を乗せ、そして現実とのずれに葛藤しながら開発を進めていきます。 もともと極めていリアルな仮想戦記を書くことで知られている作家だけあり、第3次大戦に至る過程、第3次大戦後の世界についても緻密に描かれ、物語の説得力を増しています。 宇宙開発のめどが立ち、役者もそろったところで終わってしまう本シリーズですが、異色の宇宙開発SFとして十二分に楽しめるものとなっています。 www.hayakawa-online.co.jp

スペース・コロニー 宇宙で暮らす方法

今回は宇宙物の趣向を変えてノンフィクション、「スペース・コロニー 宇宙で暮らす方法」を紹介しようと思います。 今年の5月に発売されたブルーバックスで、現在研究中の宇宙で暮らすための技術が著者の研究を含め紹介されています。 第1章はこれまでの宇宙開発と現在計画されている宇宙開発計画を概観、その実現のために求められる技術を簡単に解説します。 第2章ではこれまでわかっている宇宙に滞在することが人体へ及ぼす影響について解説します。無重力化での血液循環はどうなるのか、なぜ筋肉は委縮するのか、宇宙船という閉鎖環境に閉じ込められた際の精神への影響など興味深いトピックスが並んでいます。 そのご、宇宙で暮らすためのウェアラブルバイスや宇宙農業の研究、電力源や水・空気の再生技術ついてそれぞれ各1章づつ解説していきます。 当然各技術の具体的な記述は限定的なものになってしまいますが、人類が宇宙に進出する際の問題点と現在考えられている解決策がおおよそ網羅されており、宇宙技術について興味を持った人が最初に読む入門書としてはかなり良いものになっているのではないでしょうか。 最新の宇宙技術に興味があるという方、まずこの本を読んでみてはいかがでしょうか。

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宇宙戦争1941

さて、今回はついさっき読み終わったSF仮想戦記シリーズ「宇宙戦争1941」「宇宙戦争1943」「宇宙戦争1945」を紹介しようと思います。 物語の始まりは日本軍の真珠湾攻撃から始まります。アメリカの太平洋艦隊を攻撃するため真珠湾に向かった日本軍でしたが、そこで見たのは燃え上がるアメリカ軍基地と歩き回る三本足の巨大な機械を目撃します。 そのときアメリカ、イギリス、ドイツ、ソ連各国で同様に巨大な三本足の機械が目撃されていました。 さて、題名とここまでのあらすじでわかると思いますが、H・G・ウェルズSF小説、「宇宙戦争」のオマージュ、というかそのまんま続編です。 宇宙戦争から41年、火星人たちは前回の敗因(一応ネタバレ防止のため書かないでおきます。宇宙戦争自体とてもよくできたSFですのでぜひ読んでみてください)を克服し、トライポッドのほかにも航空兵器を携えて再び第二次世界大戦真っ最中の地球へ侵略を始めます。 さて、もともと作者の横山信義は仮想戦記の作者として知られる人物で、このシリーズでもその手腕がいかんなく発揮されています。 純粋なSFとしてみると第二次世界大戦の戦力で火星人に勝てるようにするために少し無理のある行動を火星人がとったりしますが、第二次大戦の世界中の軍隊が集まり火星人相手への反撃ののろしを上げるさまはなかなかに熱い展開です。

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造物主の掟

さて、時間が空いてしまいましたが二連続でホーガンを紹介したので今回もホーガンの代表作の一つ、「造物主の掟」(ライフメーカーの掟)を紹介しようと思います。 はるか昔、異星人によって作られた採掘用の無人宇宙船は土星のタイタンに着陸し、採掘作業用のロボットを製造し始めます。 しかし宇宙船のプログラムは航行中に浴びた超新星のフレアの影響で狂っており、ロボットは採掘した鉱石を母星に送ることなく自己増殖を繰り返し、やがてその中で淘汰と進化が始まります。 一方21世紀の地球ではタイタンで観測された生命活動の調査のためアメリカとヨーロッパ合同の大規模調査団が派遣されることになりました。 そしてタイタンに到着した人類は進化の果て知性を手に入れた機械生命体、「タロイド」と遭遇することになります。 さて、この小説も発表は1983年と40年近く前の作品ですが、今読んでも十分に面白いのはほかの作品と共通です。 この物語で面白いのは主人公が科学者ではなく自称新霊術師であるザンベンドルフである、という点でしょうか。 この世界においてアメリカは愚民政策を進めており、ザンベンドルフは科学者の学会内部にも多くの支持者を持つほどです。 ザンベンドルフは火星でのESP実験を行うという体で熱角推進の巨大宇宙船オリオン号に乗り込みますが、やがて船の行き先が火星ではなくタイタンであることに気が付きます。 やがてタロイドと遭遇したザンベンドルフらは封建的な社会体制とそれを利用しようとするアメリカ政府との間に立ち、一世一代のペテンを仕掛けることになっていきます。 稀代のペテン師が大博打を打つスリラーとしても、緻密な設定で描かれるファーストコンタクトSFとしても楽しめる作品になっていますのでぜひ読んでみてください。[https://

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未来の二つの顔

今回は前回に引き続きJ・P・ホーガンのSF小説、「未来の二つの顔」を紹介しようと思います。 人類の生活圏が月面まで広がった未来、HESPERというAI搭載コンピュータネットワークが人類の生活を支えていました。 しかしHESPERが本来軌道上に物資を打ち上げる設備であるマスドライバーを使って月面の工事現場を爆撃する事件が起こります。分析の結果、「工事を最短で行うこと、手段は問わない」という命令の結果「貨物で爆撃するのが最も早い」という結論を導いていたことが発覚します。 そこでより優れた推論システムを備えた次世代AI,FISEシステムに移行することが提案されますが、より優れたこのシステムは自己保存の機能を持ち、そのため意図せず人類に敵対する可能性が指摘されました。 HESPER,FISEシステムの開発責任者であるダイアー博士は完成したばかりのスペースコロニーに電子的、物理的に孤立した小型の社会を作り、そこで次世代AIと人類が敵対したとき何が起こるか実験をするよう提案します。 こうして二つの顔をもつ神にちなんで「ヤヌス」と名付けられたスペースコロニーでの実験が始まりました。

明らかに古典制御だったり前からあったシミュレーション手法だったりするものに片端からAIという名前の付くご時世ですが、この小説が出版されたのは1979年、今から40年以上前になります。そんな昔の小説ではありますが、常識がないため人が絶対に選ばない手段を選ぶなど、現代でもブラックボックス化したシステムに判断を任せた際に懸念される問題は本書でほとんど完璧に提起されています。 また本書の面白いところは登場するAI「スパルタクス」と直接コンタクトすることはない点です。多くの創作作品においてこういったAIは人格を持つよう設計され、会話やテキストでコミュニケーションが取れることが多いですが、この作品のAIは人間と直接会話することはありません。しかし、AIのとる行動の一つ一つから背後にある意思を感じ取ることができます。 AIを題材とした作品としてはおそらく現在出版されている多くの作品にも引けを取らない作品ですのでぜひ一読してみてください。

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星を継ぐ者

今回紹介するのはJ・P・ホーガンのSF小説、「星を継ぐ者」です。 宇宙を舞台としたSFの中ではかなり有名な一作で、日本で漫画化もされています。 SF的なありえない謎、それを確かな知識と推論を駆使して鮮やかに解いていき途方もない真実にたどり着く、科学とフィクションを組み合わせるSFの面白さを体現したような作品ですのでぜひ一度読んでみてください。 物語は月面探査員が深紅の宇宙服を着た謎の人物の遺体を発見するところから始まります。早速各国政府へ問い合わせますが、月面で行方不明になったものは誰もいません。そして地球へと運ばれた遺体はC14法年代測定によって5万年前の遺体であると判明します。 遺体はチャーリー、彼の種族はルナリアンと名付けられ、彼の正体を知るべく世界中の科学者が召集されることになります。 チャーリーの正体という一つの謎はやがて人類の出自、太陽系の過去という壮大な謎へとつながってゆきます。 この物語の面白さは月面で見つかった5万年前の遺体という壮大な謎を一歩一歩確実に解いていくところでしょう。 まず彼の所持品の検査から始まり、彼の持っていた手帳の解読、遺体の検査、彼のそばから見つかった携行食糧の原料である魚の分析など、あらゆる手段を駆使し、様々な分野の専門家が協力して謎を解いていく様は見ていてとても気分が良いです。そしてそれらの謎が示す事実がそれぞれ矛盾し、最終的にすべてが解決する一つのストーリーが描かれていく様は見事というほかありません。 続編が2冊(死後に刊行された上下巻の続編がさらに一つ)あるのですが、タイトルの時点で若干ネタバレになってしまうのでここでいうのは控えます。 そんなわけでSF的ミステリ不朽の名作、ぜひ一度未読の方は読んでみてください。 honto.jp